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コラム プロジェクト

京北から、未来の木工とアートをつくる「京北堂」

2026年2月6日

京都市右京区・京北。北山杉の産地として知られるこの地域で、伝統とアート、そして体験型ビジネスを横断するユニークな活動を続けているのが「京北堂(けいほくどう)」です。

その始まりはコロナ禍の2021年。社名には「京北から」「堂=do(doing)」、つまり“京北で、実際に手を動かし続ける”という意味が込められています。京北堂は2022年に法人化され、現在は4名体制で活動を続けています。

「住む」ということを、より遊びに転換していくような商品が暮らしに楽しさを生む。 そんな想いを共に抱く仲間が集まり、京都京北から「住」を楽しくしていくチームが生まれました。家、家具、照明など、「住」における暮らしの総合的な楽しみを、商品・内装を通してお客様に提案します。熟練の、アーティスト・職人・デザイナーで構成された京北堂は、未だ世にないデザインを形にし、楽しさに加え芸術性に溢れた質の高い商品づくりを目指しています。

京北堂の特徴は、木工ができる電気屋さん(仲井さん)、アーティストのデザイナー(安井さん)、京北の大工さん(湯浅さん)、マネージャーでサウンドエンジニア(小池さん)の個性豊かな4人で構成されていること、そして、京都の伝統産業である磨き丸太を核に、アーティストがデザインする誰ともかぶらないアート性の高いものづくりにあります。

展示やイベント、ふるさと納税型クラウドファンディングを通じて少しずつファンを増やし、来年以降はいよいよ「ビジネスラインへの本格展開」と「異素材とのコラボレーション」に踏み出す予定とのこと。 今回はその中心人物である、デザイナーの安井さんと代表の仲井さんに話を伺いました。

~ アートから京北へ。移住が生んだ新しい縁 ~ 安井さんの歩み

安井さんは都会育ちの移住組。

ジュエリーデザインや絵画、チェーンソーアートなど、非常に多岐にわたる才能を持つアーティストです。 芸術大学では油絵を専攻し、卒業後は就職せず、絵を教えながら自身の作品制作を続けていました。その後、彫金に惹かれ、ジュエリーのデザイン・制作を本業とするようになります。

(安井さん)

京北への移住のきっかけは、奥様の「農業をやりたい」という思いだったそうです。

奥様の師匠が京北に住んでおり、畑の一角を借りて西宮から車で約2時間かけて通う“週末農業”を続けるうちに、「この地に住もう」と決断したとのこと。

さらに、京北が「芸術家や、ものづくりの人が多い地域」だと知ったことも大きかったそうです。

「人口は減っているけど、面白い人は増えているんです。むしろ人が減っているからこそ、みんな繋がろうとする」と語る安井さん。

消防団への入団をきっかけに仲井さん(京北堂代表取締役)と出会い、仲井さんが手がける建築案件の軒先照明のデザインを安井さんが担当したことで交流が深まっていく。そこから京北堂の関係が始まりました。

「田舎ってスローライフだと思われがちですけど、実際はめちゃくちゃ忙しい。でも、それが楽しいんですよね」この言葉に、京北での暮らしのリアルが凝縮されています。

~ 「一人で全部できてしまう」からこその葛藤 ~ 仲井さんのものづくり人生

仲井さんは京北生まれ、京北育ち。

本業は電気工事だが、木工の技術も持ち合わせ、「電気も木工も、だいたい一人でできてしまう」器用さを持つ人物です。

しかし本人はそれを少し自嘲気味に「できてしまうから、ついやりたがるんですよ。外注した方がいい場面でも、自分で抱え込んでしまう。器用貧乏ですね」と表現します。

実際、来年開業予定の飲食店の改修工事では、電気工事はもちろん家具製作までほぼすべてを担当。内装材には京北産の木をふんだんに使った「めちゃくちゃ贅沢な仕様」で仕上げているとのこと。また、自宅のキッチンや洗面、建具のリフォームまで自力でこなす徹底ぶりです。

(仲井さん:京北堂の作業場にて)

京北堂での制作については、「やりたいときにやる。旬が過ぎたら自然に忘れる」という、実にアーティストらしい言葉も飛び出しました。木製のおちょこやワイングラスのアイデア、図面のストックがたくさん。一方で、割れた餅つき臼を5,000円で買い、自力で修繕して使い続けるなど、実用と発想の間を軽やかに行き来する感覚も持ち合わせています。

~ 伝説的存在・野中さんの記憶 ~

京北堂の創成期を語る上で欠かせない人物が、故・野中さんです。

「野中さんは京北堂の名付け親で、野中さんの力があったから京北堂ができた。」とお二人は語ります。

工務店経営者であり、3D CADの導入など、常に時代を先取りする先駆的な手法に挑み続けた人物でした。

「一番尖っていた人」「かっこよかった」「仕事に生きて、仕事で死んだ人」

誰でもできる仕事には目もくれず、デザインにはとことんこだわり抜く。言葉少なでも圧倒的な存在感で周囲を引っ張っていた存在でした。

亡くなる直前まで現場に立ち続けたその情熱は、現在のメンバーにも大きな影響を与えています。

京北堂のサウナ施設(現在はお休み中)の設計も野中さんが手がけたものであり、その思想はいまも形として残っています。

~ 磨き丸太を “隠さず、削りすぎず” 使う ~ スツール「Sumaruta ST-01」「Sumaruta ST-02」

伝統の美しさを伝える、磨き丸太を使ったスツール。

京都市の北山地域の伝統工芸である磨き丸太の美しい木肌を活かした作品です。

特に象徴的なのが「背割れ」をデザインとして取り入れている点です。

背割れとは、丸太の乾燥時に割れを防ぐために入れる切れ目で、従来は“隠すもの”とされてきました。京北堂はそれをあえて内側に配置し、下から見ると三角形として見える構造にしています。

「Sumaruta ST-01」

(磨き丸太から作られたスツールです。北山の林業と磨き丸太の歴史は古く、室町時代から茶室の文化と共に発展してきました。主に日本建築の床柱として利用されてきた磨き丸太の新しい可能性を探り、京北堂の独自のデザインスタイルを持ってスツールとして仕上げました。)

「Sumaruta ST-02」

(磨き丸太から作られたスツールシリーズの2作目です。心地の良い座り心地を大事にしながら、観る方向によって様々な形が楽しめるデザインとなっています。)

「古い。和風。時代遅れ。そういうイメージを否定するのではなく、むしろその伝統と技術に対するリスペクトがあるからこそ、新しい形を創造できると考えています」と語る安井さん。アーティストとしてデザインを手掛けるうえで、「誰かがやったことはやらない」というポリシーを持っており、これは単に独創性を追求するだけでなく、過去の文化への深い敬意から生まれています。

加工と制作は大工の湯浅さんと仲井さん。

来年はいよいよ本格的なビジネス展開を視野に入れているとのこと。今後はガラス、革、金属といった異素材とのコラボレーションも構想中のようです。

~ 手仕事の価値と、価格の難しさ ~

(手仕事から生まれる作品たち)

木の皿は仲井さんが旋盤で制作。スプーンは安井さんがポケ彫り(彫刻刀)で一本ずつ削り出します。スプーンは口に入る部分がテーブルに触れないよう設計されているなど、細部まで気配りが行き届いています。ただし、手掘りの作品はどうしても手間がかかり、価格設定が難しい。

「機械で削れば安くなるけど、温かみや曲面の表情が変わる。どちらも一長一短ですね」

効率と美しさ。その間で揺れ続けるのも、京北堂らしさです。

(京北堂の積み木:香りの良い京都府産のヒノキ材を使用した京北堂の積み木です。クマの親子とリンゴの木、猫と星と月を積み重ねて遊びます。積み重ね方や、並べ方は自由。子供の発想力が育まれます。)

研ぎ澄まされたデザインが光るスツールから、見る人の心を和ませるような可愛らしい積み木まで、様々な作品を通し、京北堂のものづくりにおける多様な表現に触れることができます。

~ 街中での展覧会がもたらした転機 ~

過去には京都市役所前の「QUESTION」で大規模な展示を開催しました。

半日で板の間を組み、床柱とスツールを並べるという斬新な空間演出は新聞にも取り上げられました。

「街中での展示はPR効果が大きかった。京北堂にとって、かなりプラスになりました」

(展示会『京北堂の「カタチ」展』の様子)

~ 会社っぽくない会社の、リアルなコミュニケーション ~

京北堂は、全員が別の本業を持ちながら運営している「非・一般企業」的な組織です。

コロナ禍ではオンライン中心になり、顔色が読めず、距離感が生まれたこともありました。

「仕事や家族、メンタルの波が見えなくなるのが一番きつかった」

その反省から、現在は毎週1回のオンライン定例ミーティングを継続し、関係性の土台を保っています。

~ 「まず歩き出す」京北堂のこれから ~

今年は「全力でやりたいことをやる」。来年は「ビジネスラインに乗せる」ための商品発表の方法を整えていく。

(試作品を説明する安井さん)

(これから製作する作品の図面内容を説明する仲井さん)

今後は、

「京北の産品を、地域の外へ届ける」

「販売ルートを本気で作っていく」

ゴールは「2年後」。来年はその構想を練る一年と位置づけています。

「会議よりも、まず動く。歩き出すことが大事」

伝統とアート、ビジネスと遊び、効率と手仕事。そのすべての狭間で、京北堂は今日も“doing”を続けています。