
武蔵野美術大学教授であり日本スギダラケ倶楽部発起人として活動されてきた若杉浩一氏にご登壇頂き、自身の経験をもとに「木材」と「地域社会」を軸とした新しいデザインのあり方についてご講演いただきました。
若杉氏は企業デザイナーとして数多くの製品開発に関わってこられましたが、売上や効率を最優先とする社会構造に疑問を抱くようになり、商業的デザインから、地域社会や林業の再生をテーマとした活動へと軸足を移していきました。
近年、人口減少や地方の衰退、地域コミュニティの弱体化など、さまざまな社会問題が指摘されています。
本講演は、このような社会の変化を背景に「デザインがどのように社会と関わり得るのか」を問い直すものでした。
一般的にデザインという言葉は、製品の形や見た目を整える行為として理解されることが多いですが、若杉氏は「デザインとは本来、人間の生活や社会の仕組みそのものを構築する行為である」と考えています。つまりデザインは単なる物づくりではなく、人と人との関係や社会の構造にまで影響を与える力を持つものなのです。
企業デザイナー時代
若杉氏は1959年、熊本県天草市に生まれました。天草は海と山に囲まれた自然豊かな地域であり、この環境で育った経験は、後に若杉氏が木材や林業に関心を持つ背景にもなっています。高校卒業後に九州芸術工科大学(現在の九州大学芸術工学部)に進学し、プロダクトデザインを学び、卒業後は家具メーカーに入社。企業デザイナーとして製品開発に携わるようになります。
若杉氏が関わった製品の中でも特に有名なのが、日本初の修正テープの開発です。修正テープは書類の誤字を修正するための文房具であり、現在では広く普及していますが、当時はまだ存在していない革新的な製品でした。この成功により若杉氏は業界内で高く評価され、若くして注目されるプロダクトデザイナーとなりました。
当時の日本は高度経済成長期にあり、工業製品の開発や技術革新が社会の発展を支えていました。企業は新しい製品を次々と市場に投入し、経済は急速に拡大していき、デザインは製品の魅力を高め、消費者の購買意欲を引き出す重要な役割を担っていました。
売り上げの次にあるもの
時間も忘れ、がむしゃらにデザイナーとして働くうちに、次第にある疑問を抱くようになります。それは「デザインの価値が最終的には売上や利益によってのみ評価される」という現実でした。あるとき若杉氏は、上司に「売上の次には何があるのですか?」と問いかけました。企業が追求する最終的な価値とは何なのかを知るためです。
しかし返ってきた答えは、「売上の次には、より大きな売上があるだけだ」というものでした。この言葉は、企業の価値観が利益や競争に強く依存していることを象徴しており、若杉氏はこの経験をきっかけに、デザインの役割について深く考えるようになりました。
日本の林業の衰退と社会構造の変化
若杉氏が木材や林業に関心を持つようになった背景には、日本の林業が抱える深刻な問題があります。日本は国土の約7割が森林であり、世界的に見ても森林資源が豊富な国です。戦後の日本では住宅需要の増加に対応するため、全国各地で杉やヒノキの植林が大規模に行われました。
しかし1970年代以降、外国産木材の輸入自由化によって安価な木材が大量に流入し、国産材の価格は大きく下落しました。その結果、林業は採算が取れない産業となり、多くの山林が放置され、林業従事者も減少。地域の雇用や産業構造にも大きな影響を及ぼしていました。 安価で効率的な工業製品を生み出すデザインが、結果的に地域から「仕事」と「経済」を奪い取る。こうした状況を目の当たりにした若杉氏は「私は、デザインを通して地域を衰退させる片棒を担いだのではないか?」と考えるようになります。デザインが社会に与える影響について改めて深く考えるようになり、デザインは単に製品の形を作るだけではなく、社会の構造や地域経済にも影響を与える可能性があるということに気づいたのです。

杉との出会いと思想の転換
こうした問題意識の中で若杉氏が注目したのが、日本各地に大量に存在する杉でした。戦後に植林された杉はすでに成熟しているものが多いにもかかわらず、輸入木材との価格競争の中で十分に活用されていませんでした。
利益だけを追求する社会の仕組みに対する強烈な違和感を持つ若杉氏は、次第に企業の中で評価されなくなり、ついには32歳のとき、人事異動によってデザイン部門から外され、その後約10年間にわたって社内のさまざまな部署を転々とすることになります。利用されないまま放置され、社会から価値を失った「杉」と、デザイナーとしての役割を失った自分自身の姿が重なって見えました。
しかしこの10年の不遇の経験は、自分が本当に大切にしたい価値について考える時間にもなりました。それは「社会の中で価値を失った杉に新しい意味を見出すことができれば、社会の中で見過ごされている資源や人々の可能性を再び活かすことができるのではないか」という考えで、それは後の「日本全国スギダラケ倶楽部」発足へと発展していきます。
共同体デザインの思想
若杉氏は、自身の活動を「共同体デザイン」と呼んでいます。これは単に製品や空間をデザインするのではなく、人と人との関係性やコミュニティそのものをデザインするという考え方です。
従来のデザインが主に物の形や機能を対象としてきたのに対し、若杉氏の考えるデザインは、人々がどのように関わり合い、どのような社会を形成していくのかという関係性の構築まで含んでいます。つまり、デザインの対象を「物」から「社会」へ、「見える結果(経済的価値)」ではなく「見えない価値(心と未来)」にデザインの光を当てて捉える視点です。こうした考えのもと、若杉氏は、2002年に「日本全国スギダラケ倶楽部(以下スギダラケ倶楽部)」を設立しました。
この団体は、杉材を活用しながら人と人とのつながりを生み出す活動を行い、若杉氏はこの取り組みを「ゼロ円デザイン。愛の押し売り」と呼んでいます。それは、利益を目的とするのではなく、人と人とをつなぐことを目的としたデザイン活動を展開する活動で、利益を度外視した「愛の押し売りが社会を動かす」「対価が発生しない場所にこそ、本質的なコミュニティと市場が生まれる」を信念に活動を続け、設立から24年たった現在、全国に27支部、会員数2400人まで発展しています。
日本全国スギダラケ倶楽部では、壊れない共同体をつくるための原則として「十箇条」が設けられており、その中には現代社会の価値観とは少し異なるユニークな考え方が含まれています。そのなかのいくつかをご紹介します。
ポンコツ礼賛
能力や専門性の高い人だけを評価するのではなく、誰もが参加できる場をつくるという考え方です。現代社会では効率性や能力が重視される傾向が強く、社会の基準に適応できない人や、能力が低いと見なされる人が排除されやすくなっています。しかし若杉氏は、そうした人々を排除するのではなく、むしろ受け入れることが共同体の持続性につながると考えています。能力の違いや個人の個性を認め合うことで、多様な人々が関わる柔軟なコミュニティが生まれるからです。
無目的
企業や団体では効率的に成果を出すために、具体的なゴールが求められることが一般的です。しかし目的が強く設定されすぎると、その目的に直接関係のない人は参加しにくくなり、活動に関わる人の範囲が限定されてしまいます。そこで若杉氏は、あえて目的を固定しないことで、多様な人々が自由に関わることのできる場をつくろうとしています。目的が曖昧であるからこそ、参加者それぞれが自分なりの意味を見出すことができ、結果として新しい活動や関係性が自然に生まれていくのです。
共同作業
私たちの社会は経済的合理性を求め「分業」「効率化」を重視します。しかし、スギダラケ倶楽部では、分業を排除し、共に汗を流し喜びを共有する、いわゆる共同作業の過程で、年齢や職業、立場の異なる人々が同じ作業を通して関わることになります。共に手を動かしながら作業することで自然な会話が生まれ、人と人との距離が縮まり、信頼関係が築かれていきます。このような経験は、単なるイベントや会議では得られない深いコミュニケーションを生み出します。
権威の排除
上下関係や権威が強い組織では、発言や行動が制限されることが多く、自由な関係が生まれにくくなります。そこでスギダラケ倶楽部では、特定のリーダーや権威に依存するのではなく、参加者が対等な関係の中で活動することを重視しています。これにより、誰もが主体的に関わることのできるコミュニティが形成されます。若杉氏は自らをスギダラケ倶楽部「会長」ではなく「発起人」と呼び、権威を排除しています。
余計なお世話
現代社会では、他人に干渉しないことが礼儀とされる場面も多く、人と人との距離が広がりやすくなっています。しかし若杉氏は、少しおせっかいなくらいに他人に関わることで、新しいつながりや助け合いが生まれると考えています。先述した「愛の押し売り」もその一つです。 このような原則は、効率や成果を重視する現代社会の価値観とは対照的なものです。しかし若杉氏は、こうした考え方こそが長く続く共同体を生み出す基盤になると考えています。つまり、共同体デザインとは、人々が安心して関わることのできる関係性の場をつくることであり、その中から新しい活動や価値が自然に生まれてくることを目指す取り組みなのです。

(満席の会場では、終始共感するうなずきと笑い声で溢れていました)
地域プロジェクトの具体事例
「未来は、自分たちの手で書き換えられる」
日向市駅前プロジェクト
人口減少や都市への人口流出の影響による赤字路線の駅前。日向市駅周辺では、人通りが減少し、駅前商店街の衰退が進んでいました。このような状況を変えるために始まったのが、小学6年生の子どもたちによる、杉材を活用した屋台プロジェクトです。
授業の一環として行われたこの活動では、子どもたちが自分たちで屋台のデザインを考え、実際に木材を加工して屋台を作り上げた、わずか3台の屋台から始まった小さな取り組みです。その活動に地域の人々が関心を持ち、次第に大人たちも参加するようになっていきました。地域の住民や商店主、ボランティアなどが関わるようになることで、屋台の数は徐々に増え現在では30台以上の屋台が並ぶイベントへと発展し、駅前広場は様々な世代の地域の人々が集まる交流の場として再び活気を取り戻しました。
このように、日向市駅前プロジェクトは、大規模な都市開発ではなく、地域の資源である杉材と人々の協力によって生まれた小さな取り組みが、次第に地域全体の活性化につながった事例と言えます。
「誰かの役に立ちたい」という本能を満たす関係性
高齢者職人との協働
長年木工に携わってきた高齢の元建具職人と子どもたちの杉材を使ったモノづくりプロジェクトも印象的な事例でした。
プロジェクトに参加する子どもたちに、木材の扱いや道具の使い方、接合技術などを丁寧に伝えながら一緒に作業し、技術の継承とともに人と人とのつながりも自然に生まれていく。活動の中で、子どもたちは職人さんを「師匠」と呼ぶようになり、この職人は「若杉さん、俺、一生これやりたい。生きた心地がする」と語ったといいます。それは、長年培ってきた技術が誰かの役に立ち、それが若い世代へと受け継がれていくことに喜びを感じたからです。
この職人の言葉は、人が社会の中で役割を持ち、誰かの役に立っていると感じることが、人間にとって大きな意味を持つことを示しています。このような世代を超えた協働は、若杉氏が提唱する共同体デザインの重要な要素でもあります。
現代社会の問題とデザイン
多様な人々を受け入れる余地
かつて日本が誇った製造業は徐々に衰退し、物価は上昇する一方で実質賃金は低下し続けています。こうした状況は「思考停止の社会を生み出し、未来に希望を持てない子どもたちを増やしている」「日本が競争や成長を進化の名のもとに追求してきた結果、勝者は出たものの、誰も豊かさを享受できていない。」と若杉氏は指摘します。
現代社会では、効率や成果、競争が重視される傾向が強く、能力の高い人や結果を出すことができる人が評価される仕組みになっています。そうした競争の中でうまく適応できない人は、社会の中で居場所を見つけにくくなってしまいます。つまり、社会の側が多様な人々を受け入れる余地を失っているのではないかという問題提起がなされました。
こうした状況に対して、スギダラケ倶楽部では、能力や社会的地位、年齢などに関係なく誰もが参加することができ、活動の目的も固定されていないため、参加者はそれぞれのペースで関わることができ、自分にできる役割を見つけることができます。
過剰な安全からの脱却
若杉氏の活動には、子どもたちの遊び場づくりも含まれています。
現代の「子どもの空間」と呼ばれる場所は、多くの場合、過剰な色彩や危険な要素が徹底的に排除され、柔らかい素材や投げても痛くないおもちゃで満たされています。そこに並ぶものはなぜかキャラクターものばかりです。
「誰が決めたんですか?こんな子どもらしさって。これらは大人が決めた子どもの空間像です」と若杉氏は答えます。
若杉氏の子ども時代を振り返ると、そこには色や形にあふれた空間などほとんどなく、身近にある自然物や道具を使って自由に遊んでいました。
竹をバットに、石ころをホームベースにして野球をしたり、ゴム紐ひとつで何時間も遊んだりしていました。危険や困難を自分で判断しながら遊ぶことで、子どもたちは自らの力で考え、工夫し、学んでいました。
大人が危ないと思うような空間でも、子どもたちは自分の判断で行動し、その過程で成長しながら楽しんでいます。
安全や法律、コンプライアンスの名のもとに、遊びや学び、創造性が奪われる現状に対して、若杉氏は強い問題意識を抱いています。
これらの経験を通して、デザインとは単に物を作ることではなく、人と人との関係を生み出し、社会のあり方を少しずつ変えていく力を持つ行為。危険や不完全さを含めた“遊びの場”の設計は、子どもたちに自分で考え、判断し、行動する力を育むと同時に、大人と子ども、人と人との新しい関係性をつくり出す。デザインには、物理的な形以上の価値や人と社会をつなぐ力があることを、若杉氏の活動は教えてくれます。
最後に
木とデザインが描く、100年先の共創社会への展望
「木と暮らすこと、それは未来をつくること」。100年先、1000年先の持続可能な社会とは、完成された製品を消費するだけの社会ではなく、不完全さや試行錯誤を許容しながら、自分たちの手で暮らしをデザインし続ける共同体の中にこそ存在します。 私たちは今、京都の豊かな森と伝統を土台に、木という温かな素材を介して、誰もが「誰かの役に立っている」と実感できる、新しい社会のカタチをデザインし始めているのです。