
京都市街地から車で北へ向かい、花背峠を越え林道をしばらく走り急な斜面を一時間ほど登ると、突然、巨大な杉が姿を現します。
井ノ口山の「伏条台杉群(ふくじょうだいすぎぐん)」です。
「日本森林インストラクター協会の研修で案内した時、『これは縄文杉に匹敵する』という声が上がりました」
そう語るのは、今年、京都森林インストラクター会の会長に就任した上萩さんです。

(上萩さん)
森林インストラクターと聞くと、多くの人は森を案内するガイドを思い浮かべるのではないでしょうか。しかし、その仕事はガイドだけではありません。
森の魅力を伝え、林業への理解を広げ、子どもたちの自然体験を支え、企業や地域とともに森づくりを行う。その活動の根底には、「森林は私たちにとってかけがえのないもの」という一貫した思想があります。
国家資格から始まった制度
森林インストラクター制度は、実は国がつくった資格制度でした。
「以前は農林水産大臣認定の資格でした。その後、そうした資格制度を民間に移す流れがあり、現在は国家資格ではなく、環境教育推進法の下で全国森林レクリエーション協会が認定しています。」
その制度の出発点には、森林や林業について正しく伝える人材を育てるという役割がありました。
「森の案内人というイメージはあると思います。でも、もともと林野庁がつくった制度なので、林業についてもきちんと伝える役割があります」
森林インストラクターの試験は、決して容易ではありません。実技試験で知識や実践力も問われます。
「当然、私も受験しましたが、野外科目には苦労しました」
現在も難易度は高く記述問題や樹木の識別など、幅広い知識が必要とされます。けれども、上萩さんが強調するのは、試験勉強だけでは身につかない力です。
「同じ京都でも、市街地近くと北部の奥山では生えている木が全然違います。いろいろな場所に行って、様々な森のことを知ることが大切です。」 森を歩くということは、単に植物の名前を説明することだけではありません。どこに、どんな木が生えているのか。その木の周りにはどんな植物や生き物がいるのか。場所が変われば、森の表情も変わります。そうした違いを実際に見て、触れて、感じることこそが、森林インストラクターとしての知識につながっていくのです。

(子どもたちにモミジのタネの仕組みを楽しく教える上萩さん)
森をただ歩く人ではなく、森のことを伝える人
森林インストラクターは、山歩きが好きな人が取得する資格だと思われがちです。
「もちろん山歩きがは好きな人が多いですが、それだけではありません。そこにどんな動物がいるか、どんな木があるか、何故そんなふうになっているのか、何が起きているかを見つけ興味を持つことが大切です」
目的地へ向かうだけなら一時間で歩ける道も、植物に詳しい人と一緒に歩くと、何倍もの時間がかかります。
「100メートルの間に何種類もの植物があります。1キロ進むのに1時間では済まないことも多いです。」
森林インストラクターには、それぞれ得意分野があるといいます。植物、昆虫(蝶)、野鳥、林業など、その専門性はさまざまです。蝶に詳しい人は、蝶の食草となる木にも詳しく、その木を見つけ、そこに生息する蝶の種類を推測します。森を歩きながら、木を見て、虫を見て、そのつながりから自然の姿を読み取っているのです。
「私は『これは食べられる』から木の名前を覚えたりしましたけどね」
そう笑う上萩さんですが、何気ない変化に気づき、森の中にあるさまざまなものに目を向ける。その観察眼こそが、森林インストラクターの本質なのかもしれません。
京都の森を支える活動
京都森林インストラクター会の活動は多岐にわたります。
親子向けの自然観察会、企業の森づくり支援、人工林の間伐や里山整備の指導、会員向けの技術研修など、さまざまな活動に取り組んでいます。会が主催する自主事業は多くありませんが、他団体から依頼を受けて現場へ出向くことが多いといいます。
自主事業で特に力を入れているのが、「子ども森林インストラクタープロジェクト」です。
「コロナ禍で子どもたちが自然に触れる機会が減りました。子どもたちの野外での活動を促そうと日本森林インストラクター協会が補助制度をつくり、各地で独自に事業を始めています」
京都森林インストラクター会も2020年からこの事業に取り組み、今年も開催を予定しています。
その背景にあるのは、子どもたちに森を身近に感じてもらいたいという思いです。
森の中で実際に木や草に触れ、生き物を見つけ、自然の不思議に出会う。そうした体験を通して、子どもたちが自然への関心を深めていけるようにすることも、森林インストラクターの大切な役割の一つです。
その言葉どおり、京都市内のある小学校では、20年以上にわたり森の授業を支援してきました。

(子どもたちに森の魅力を熱心に伝える上萩さんの姿が印象的でした)
20年続く小学校の森林教室
京都市立金閣小学校との関わりは、卒業生が会員だったことがきっかけでした。
金閣小は衣笠山国有林に隣接していて、国有林の協力も得ながら毎年国有林内で森林教室をしています。「鳥の巣箱をつけたり、木工をしたりもしています」
最近では、他の小学校からも依頼があり、森林観察や木工体験を行っています。
中でも印象に残っているのは、かつて行っていた間伐体験です。
「小学生に間伐をさせるのは、本当に緊張します。怪我をさせたら大変ですから」
鋸を使って伐り、ロープを使って皆で力を合わせ、一本の木を倒します。
「終わった時の一体感や充実感はすごかったと思います」
「間伐は結果がすぐ分かります。木を伐ると上にぽっかり穴が開き光が差し込んで森が明るくなる。その変化を見ると、森が良くなることを実感してもらえます」
森林環境学習は、自然を好きになることだけが目的ではありません。森は手を入れることで育ち、人の暮らしともつながっていることを知る機会でもあります。
世界の巨木を見てきた上萩さんが、最終的に語るのは京都の山です。
「大きな木を見ると、人間がいかにも小さく見えます。」
何百年、何千年という時間を生きてきた木の前では、人間の一生はあまりにも短いものです。
「私たちが歴史としてしか知らない時代から生きている木がいくらでもあります。そういう木を見ると、畏怖、畏敬というかそういった思いを感じます」
森を歩くことは、自然を見ることだけではありません。
人間が時間の中でどれほど小さな存在かを知ることでもあります。
巨木の前で感じる畏敬の念。その感覚は、上萩さんが以前、林業大学校で教えていた頃に出会った言葉と深く結びついています。
「当時の林業大学校の只木校長先生が『自然を尊敬する人を育てたい』とおっしゃっていました」
自然が好きだという人は多いです。しかし、「尊敬する」という言葉には、好きという感情を超えた意味があります。自然の摂理を知ったうえで抱く感情です。
「自然というものを尊敬するところまで考えられる人は、そう多くありません」
その考え方は、日本人がかつて山と向き合ってきた姿勢にも通じます。
長い時間を生きる森の中に身を置くと、人間の尺度では測れない何かを感じることがあります。その感覚こそが、自然への敬意につながるのでしょう。
京都の森が抱える最大の危機
その一方で、京都の森はいま、深刻な課題に直面しています。
「何と言ってもシカ害です」
東山を歩くと、かつて生えていた下草や若木がほとんど見られない場所が多いといいます。
落ちた種から芽生えた苗木が育たなければ森林は更新されません。
「今、木を植えてもシカの対策をしないと育ちません。植林した苗木を食べてしまうのです。」
鹿に食べられないためには、山にシカよけの網を張り巡らせたりする必要があります。
急峻な山肌に、重い資材を担いで運び込みネットを張り巡らせる作業は、人手と体力が必要です。従事者不足の林業界には大変な負担です。
「間伐や皆伐※した後の山の再生をどうするのか。それが非常に危機的な状況です」
人間が山との関わり方を変えたことで、野生動物との関係も大きく変化しました。
森を守ることは、動物を排除することではありません。人間もまた生態系の一部として、責任ある関わり方を考えることです。
※皆伐(かいばつ):森林の一定の区画にある木を一度にすべて伐採すること
里山は「使う」ことで守られてきた
上萩さんが繰り返し語るのは、「使う」ということの意味です。
「木を伐って利用してきたからこそ、里山は守られてきました」
薪や炭、道具、家具、船、農具。かつて広葉樹は、暮らしのあらゆる場面で使われていました。
「定期的に伐採することで、里山は維持されてきました」
しかし、その利用が途絶えたことで森は放置され、生き物の環境も変わってしまいました。
「昔の人は、用途によって木を使い分ける知恵を持っていました」
木は建材だけではありません。薬にも、染料にも、道具にもなりました。
「人と自然のつながりが本当に深かったんです」
現代ではスギやヒノキの人工林ばかりが注目されますが、上萩さんは広葉樹にも大きな可能性があると考えています。
「木目も色も違う。それぞれに魅力があります」
子どもたちをもっと森に
今後取り組みたいことを尋ねると、上萩さんは迷わず「子どもたち」と答えました。
「もっと森へ行く機会をつくってあげたいですね」
小学校の授業では、子どもたちは大人が予想もしない質問を投げかけてきます。
「例えば「この山には動物は何匹くらいいますか?」など基本的な質問でたじたじになることもあります」 ですが、その好奇心こそが大切なのだといいます。

(子どもたちの素朴な疑問に笑顔で答える上萩さん)
森と文化をつなぐ京都
京都では、寺社の森にも可能性を感じています。
一方で、寺社の森は、
文化財保護法や景観条例などもあり、簡単には手を入れられません。
それでも上萩さんは、寺社と森が一体となった京都の景観に大きな価値を感じています。
「森の中に建物があるというのは、やはり風情があります」
京都の森は、自然だけでなく文化そのものでもあります。
「木を使って森を守る」という未来
インタビューの終盤、森林インストラクターとして最も伝えたいことを尋ねると、上萩さんは静かに言葉を選びました。
「森林がどんな働きをしているか、人にとってどれだけ大切か。それを伝えることが私たちの役目だと思います」
森林は水を蓄え、土砂災害を防ぎ、生き物を育み、人の暮らしを支えています。
しかし、その価値は森に関心のある人だけに伝わっても意味がありません。
「林業に関心のない人たちに、『森にはこんな魅力があるんだ』と知ってもらえる活動をしたい」
企業の森づくりや学校教育に力を入れるのも、そのためです。
「人は木を使うことで生きてきました」
木を使うことは、森を壊すことではありません。
「節度を持って木を使うこと。それによって山村に仕事ができ、暮らしが成り立ち、人が住み続けられるようになる」
その循環を取り戻すことが、これからの森づくりにつながります。
花背の伏条台杉は、何百年もの時間を生きてきました。その前に立つと、人間は小さな存在に思えます。ですが、その小さな人間が森を手入れし、木を使い、子どもたちに森を伝えることで、森の未来は変わるかもしれません。
「木を使って森を守る」
上萩さんのその言葉は、林業関係者だけに向けられたものではありません。森と離れて暮らす私たち一人ひとりへの問いかけでもあります。