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コラム

木と伝統工芸 パースペクティブを訪ねる -中編-

2023年11月7日

京都を代表する木材供給地である右京区・京北の地で生まれたプロジェクト「工藝の森」。循環型のものづくりを通じて、工芸素材としての森と人のより良い関係を築くことを目指して始まった活動は、今年で5年目を迎えています。運営するのは明治42年創業の京都の漆屋「堤淺吉漆店」の4代目・堤卓也さんと、長らく京都の工芸を発信し続けている高室幸子さん。彼らが漆の木を植樹している森で、植樹事業や漆の魅力についてお聞きしました。

■漆の植樹を市民の森に

工藝の森は「漆の木を植える」事業から広がっていった、というのが前回までのお話でした。漆の木を植えていらっしゃるのがここですね。もとはどんな森だったのでしょうか?

―(高室)ここは「合併記念の森」という京都市の森で、森全体の大きさは東京ドーム57個分もあるそうです。植樹の事業が固まった時に、京都市にご紹介いただいたのがこの森です。私たちの活動を思い描いた時に、パブリックな土地でやってくことの意味は大いにあると考えて、すぐに活用することを決めました。

京北の森というとスギやヒノキのイメージが強いですが、この森は広葉樹も多く、雑木林のようですね。

―(高室)そうなんです。京北は地域面積の90%以上を森林が占めていて、京都市中の木材競りが行われる原木市場もあるくらい林業が盛んです。この森については、京都市有の森になる以前、ゴルフ場の建設計画があり開発が進められていましたが、途中で頓挫しその後長年放置されたこともあり、森が自然に再生され多様な樹種が育っているんです。

―(高室)私たちはこの森を、木を育てる土壌としてだけでなく、生態系を調査したり、それがものづくりにどう影響しているのかを考えたり、森づくりに関わる活動を実験的に行う場として捉えています。それらを市民と一緒に経験することで、ものづくりと森づくりを繋いでいければと思います。

 

■漆の木。昔はどこにでも植えられていた?

2019年にこの森に出会ってから、どれくらいの頻度で植樹を続けているのですか?

―(高室)まずは2020年4月に試験的に10本を植えました。その後、同年の10月、2021年の春と秋にそれぞれ植えて、トータル140本ほど植えたことになります。ですが、鹿に食べられたりして、そのうち今も生き残っているのは80本くらいです。

―(堤)木の直径が15cmくらいになったら漆掻きができるのですが、そこまで成長するのに15年程度かかることもあります。樹液の量は傷つけた樹皮の表面積や皮の厚みなどにも比例するので、ある程度の大きさに育つまで待ちます。

植樹しているのは、京丹波や茨城や新潟産の苗とのことですが、もともと京北では漆は育てられていなかったのでしょうか?

―(堤)それは私たちも知りたいところなのですが、分かっていないんです。大前提として、日本では、漆が採れる漆の木は自生していません。他の植物との生存競争で負けやすい種みたいで。ヤマウルシやヌルデというウルシ科の植物なら自生していますが、工芸素材としては使えません。

日本の漆は全て、人が使うために植えてきたものなんですね。

―(堤)京都では古くから夜久野(やくの)が丹波漆の産地として有名です。夜久野は昔から漆の集積地で、生産も盛んだったので、今も残っている。では、他の地域では育てられてこなかったのかというと、僕は違うと思っていて。というのも、漆の産地ではない地域にも漆の木がちょこちょこ残っているんです。京都に限ったことではありません。おそらく昔は、人が住んでいた集落のそばでは、割と色々なところに植えられていたんじゃないかと思いますね。

―(高室)京北には北桑田郡という地名が残っているほど、昔は桑の木が豊富で、養蚕も盛んでした。桑と漆は相性が良く、昔はよく一緒に育てられていたそうです。なので、推測ではありますが、京北でも育てられていた可能性は高いなと。それが、近代に林業が大型化したことで無くなっていったのかもしれません。

■一番生々しいところを見せてくれる工芸素材

漆が家業である堤さんはともかく、高室さんが漆に注目することになったのは何故でしょうか? 工芸の素材になる木材は多くある中で、どうして漆だったのでしょう?

―(高室)私は漆の専門家ではないし、漆の面白さをまだまだ堤さんから教えてもらっている立場ですが……人との関わりの中で、一番生々しいところを見せてくれる工芸材料だというのが、私にとっては一番の魅力ですね。漆の木は、人が掻くことに反応して、それも傷つけられた箇所を自分で癒す作用として、樹液を出します。

―(堤)素材とのやりとりはどんな木材にも言えることですが、漆には樹液を素材として関わることができる面白さがあります。

―(高室)掻く時の気候や漆掻き職人さんの技術によって、樹液の質は変わります。そんなバラバラの漆に対峙しながら堤さんのような職人が精製することで、塗料としての漆を仕上げていくのですが、当然、精製中に起こる駆け引きもありますよね。そうやって、人と漆が掛け合いながら工芸素材になってくのが面白いんです。ただの液剤や塗料には思えなくて、生き物のような存在感を感じます。

―(堤)漆の魅力と聞いて僕がイメージしたのは、漆の産地で時折目にする、朝もやの中に傷つけられた木が立っている姿。痛々しさもあるけれど、そこに神々しさを感じます。精製中の化学変化も面白いですが、僕としてはそれ以上に、練っている時の漆が生き物に見えることがあって。すごく綺麗なんですよ。

最終回では、ますます工藝の森との連携を深めていくという堤淺吉漆店の今後について伺います。更新をお待ちください。 

工藝の森 https://www.forest-of-craft.jp/

ファブビレッジ京北 https://www.fvk.jp/

堤淺吉漆店 https://www.kourin-urushi.com/