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コラム

木と伝統工芸 パースペクティブを訪ねる -後編-

2023年12月7日

京都を代表する木材供給地である右京区・京北の地で生まれたプロジェクト「工藝の森」。循環型のものづくりを通じて、工芸素材を育む森と人のより良い関係を築くことを目指して2019年に始まった活動は、多くの共感を得て、その概念は広がっています。運営するのは明治42年創業の京都の漆屋「堤淺吉漆店」の4代目・堤卓也さんと、長らく京都の工芸を発信しつづけている高室幸子さん。最終回では、ファブビレッジ京北(以下FVK)からほど近いウッドボード(木製サーフボード)工房で、これからの工芸や伝統工芸の在り方について考えをお聞きしました。

■時代に合った漆のウッドボード

ここはウッドボード工房とのことですが、ここも工藝の森の取り組みになるのでしょうか?

―(堤)そうです。ここでは「漆板 siita」というブランドで、シェイパー(サーフボードを削る人)のホドリゴ松田さんと一緒に、漆を塗った木製のサーフボードを製作しています。これまでは様々な木材を使っていましたが、京北の林業家さんとの繋がりが増えて、徐々に京北の木材にシフトしているところなんですよ。

サーフボードと伝統工芸である漆の組み合わせはちょっと意外ですが、どんな経緯があったのでしょう?

―(堤)「うるしのいっぽ」の活動についてはお話ししましたが、その翌年の2017年には、漆の価値を新たな可能性を発信する「Beyond Tradition」というプロジェクトを始めました。漆にサーフボードやスケートボード、自転車などを掛け合わせて商品を作ることで、若者を中心としたこれまで漆に親しみのなかった人へも漆の価値を届けられるようになったんです。特にサーフボードは通常、ガラスクロスとポリエステル樹脂製で、その製造や使用には環境や作り手への負荷がすごくかかっているんです。木と漆で作れば、自然に優しく、かつ耐久性も高くなり、修理して長く使うことができます。

確かに、自然を愛する人やサステナビリティへの関心の高い若い世代にとっては、漆は時代に合った、魅力的な素材に映りそうです。

―(堤)パースペクティブを立ち上げてまもない頃、オーストラリアからシェイパーのトム・ウェグナーさんを京北に招いて、ウッドボードを削るワークショップを開催しました。そのことがきっかけとなって、パースペクティブが事務所として使用していた古民家の、農作業小屋を改装し、ウッドボードの工房にして、自分たちのブランドとして漆のサーフボードを作り始めました。

―(高室)もともとモデルフォレストに漆の木を植える事業も、きっかけはトムさんでした。そのワークショップの際、子どもたちに贈るサーフボード作りを桐(サーフボードにも適した木材素材)と漆の木を植える段階からやらないか?という提案をしてくださったんです。活動に共感してくれる人に前もってサーフボードを購入してもらう。桐の木を植え、サーフボードを作り、15年後に子どもに贈る、という。残念ながらそのプロジェクトはまだ形になっていませんが、工芸素材から創るというビジョンが、私たちの活動の根幹になりました。

―(堤)今、工房では京北産のクマに皮を剥がれた杉材(通称『クマ剥ぎ材』)を使っています。サーフボードには薄い材を用いるので、建築材とは違った材の使い方ができます。最近では、試験的に漆の木を使ってみたら、かなり適していることがわかりました。いつか木材も漆も、100%京北産のサーフボードを作るのが夢です。

■工芸は小さい輪でしか成り立たない強いもの

堤淺吉漆店では漆と木のストロー「/suw」の生産や、かつて京都で愛用されていた「アサギ椀」を再生させるプロジェクトにも取り組んでおられます。それぞれどんな材を使っているのですか? 

―(堤)「/suw」のストローには京北産の木材を使っていましたが、最近、京北のクマ剥ぎ材にシフトしたんです。私たちにとっては大きな一歩です。

―(高室)京漆器の木地師の技術を次の時代に繋ぐプロジェクトとして2018年に始まったアサギ椀は、始動した時から堤が、途中からは私も伴走し、今もチームで取り組んでいますが、このアサギ椀を作ることで修行を積んだロクロ木地師が、いま修行期間を終え、FVKに常駐してくれています。

京都の日常の食卓を彩る器としてふさわしいのはやはり京都の木材であるはずだと、京北産の檜を使っていますし、ゆくゆくは、クマ剥ぎ材も使っていきたいねと話しています。アサギ椀を作ることで出るカンナ屑からは、京北の香りの調合師であるKyo-aroma Breathの前川珠生さんが蒸留して香りを抽出して、京都市内のホテルのバスアメニティに使用していただいています。そしてアサギ椀やそのバスアメニティの売上の一部は、工藝の森の育樹の活動のために寄付いただいていて、モノづくりが森づくりに繋がる小さな輪が、できてきているのです。

―(堤)異なる素材に対してどう向き合い、考え、ものづくりをしていくかが問われるのが工芸の仕事と考えます。対して大量生産では、同じ規格の素材を画一的に加工しますよね。そんなふうに素材と向き合う行為が抜け落ちているものづくりは、工芸とは呼べないと思います。僕らはどんな素材でも、仕入れた木はなるべく全部使い切ることを大事にしています。その意味でも、素材に向き合って人が考える行為は自ずと発生します。

人と素材の関わり方が工芸のポイントなのですね。一方では、そうしたプロセスには手間や時間がかかりそうです。

―(堤)そうなんです。でも僕は、工芸とは小さい輪でしか成り立たない強いものだと思っています。大量生産・販売のように、急に大規模化するとどうしても本質が抜け落ちてしまう。そうした各地で起きている工芸の小さな輪がゆっくり大きくなり、繋がっていった先に、本当の循環型社会というのがあるんじゃないかと思います。

■工芸の繋がりを太くする場「Und.」

こうした京北での取り組みを、ぜひ多くの方に知ってもらいたいです。FVKはいつでも見学は自由ですし、ワークショップも不定期で開催されているとのこと。

―(堤)ちょうどそれを僕たちも考えていて。今、下京区にある堤淺吉漆店の社屋を改装していて、来年(2024年)の春に開放型店舗「Und.」としてリニューアルオープンする予定です。1階では漆の精製や商品製造などのこれまでの機能を引き継ぎ、商品を購入できる店舗や工芸をテーマにした観光案内所の機能も加わる予定。3階にはキッチン付きのワークショップスペースを設けて、様々なイベントができる場にします。

それは大きな計画ですね。具体的にはどういったことを?

―(堤)京都の工芸や伝統工芸に興味がある人向けにさまざまな情報を提供して、かつそうしたツアーやワークショップの拠点になれば、と思っています。例えば、産地を訪ねて地元の木で木地を作った後にUnd.で漆を塗るとか、京北で作られた器を使ってUnd.で料理を食べる、といった京北と町を繋ぐツアーやワークショップを考えています。Und.があることで、一般の方を産地に連れて行くことができますし、作り手や林業家の方に来てもらうこともできる。それに、異なる産地や工芸の作り手同士が繋がることもできる。

産地から、作る、使う、直す、まで。Und.ではそうした工芸の繋がりが一続きに見られて、かつそれを太くする場所でもあるんですね。先ほど拭き漆をしていたクマ剥ぎ材の床材も3階に使われるとのことでした。

―(堤)そうなんです。3階は若手職人の育成の場にもしていくつもりです。若手の塗師(漆を塗る職人)さんに、うちで漆塗りの仕事をしたり、ワークショップの講師役を務めることで経験を積んでもらえたらと思っていて。現在、伝統工芸の世界では、需要の低下により仕事が少なく、たとえ職人になりたくても技術を身につけることができないという悪循環が深刻化しています。だからUnd.では、使い手側と同じくらい作り手側にもアプローチしていきます。

前編で堤さんにお聞きした、10年前の漆に対する絶望感。そこから始まった活動が、こうしてまた新たな形で身を結ぼうとしているのですね。Und.の完成を楽しみにしています。

工藝の森 https://www.forest-of-craft.jp/

ファブビレッジ京北 https://www.fvk.jp/

堤淺吉漆店 https://www.tsutsumi-urushi.com/